TOPCON CLUB(トプコンクラブ)〜トプコンよもやま話12

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 トプコンよもやま話12〜一眼レフ用トプコール標準レンズ
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 東京光学は設立当初は日本光学と同様に軍需目的の光学レンズを主に生産するメーカーであった。当然色々なカメラメーカーにレンズを卸していたが、民間用カメラも意外と早く自社で開発しており、実際30年代には、ほとんど試作機同然だったロードとは別にミニヨンI型を生産していた。しかし、当時の東京光学の面目躍如たるレンズはやはり帝国陸軍用に作られた様々な軍事光学兵器用のレンズに見られ、当時の民間用カメラにはその実力を100%使ったものは見られない。戦後カメラメーカー各社が好景気に沸く日本の経済事情に比例して、どんどん優れたカメラを開発していく中、東京光学もまたいくつもの優秀なカメラを残していくことになったが、やはりレオタックスに卸していたLマウントシムラー・トプコールのように、レンズの面でも戦前から一目置かれていた大手光学メーカーとしての実力を遺憾なく発揮していた。これは50年代後半のトプコンRの時代以降、東京光学がより一層カメラ産業に力を入れるようになって、その実力を華々しくアピールすることになった。多くのトプコン党員の皆さんは、その時代以降のトプコールレンズの素晴らしさに惚れ込んで長らくトプコンを愛用してきたのであろう。ここでは、そうした一眼レフ用トプコールの内でも、最もシビアな描写が求められた標準レンズ各種について話を進めて行きたいと思う。

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No.1〜オートトプコール5.8cm f1.8  既に皆さんはご存知の通り、平成15年の10月にコシナからオートトプコール名をまとった58mmレンズが限定生産されたが、これはREスーパー時代のREオートトプコールのデザインをそっくりそのままコピーし、復刻版として発売されたもので、ここでご紹介する1957年デビューのトプコンR時代のオートトプコールとは全く関連がない。かと言って、レンズ構成を見ると新設計の現代のレンズだけあって、共通点はガウス型と言うだけで、見た目以外はやはりREオートトプコールとも全く異なる。
 では、本来のオートトプコールはどのようなレンズであったかと言うと、前述の通り57年のトプコンRのデビューと共に世に出たレンズで、国内初の自動絞り機構を持つ、当時の日本では最先端の機構を持ったレンズであった。と言っても、まだペンタプリズム付きの一眼レフが、ミランダTとアサヒペンタックスAPしかなかった時代だけに、絞りの自動化はこの後少しするとすぐに各社で達成されてしまう。
 レンズ構成は4群6枚のガウス型で、「AUTO」と銘打った絞り機構は、手動の開放レバーを持つ、今で言う半自動絞りである。絞込みボタンはシャッターボタンと連結されるべく、鏡胴基部から伸びたアームに付いており、このボタンを押すと絞りが瞬時に設定した位置まで閉じ、その後シャッターが切れるようになっていた。
 ボタンの横に小さなつまみがあるが、これは絞りのチャージをフリーにする絞込み確認用。その絞り羽の枚数は8枚で、絞りのチャージレバーは約40度程スライドさせるようになっている。なお、2段目の画像はブラックボディ用の黒鏡胴のタイプである。
 さて、その実力であるが、モノクロで撮る限り非常にシャープで、解像力に関しては何ら問題がない。開放から適度のコントラストと諧調を備え、ただ線が骨太でシャープなものとは異なって中間階調がしっかりと出る上、ボケも滑らかで味わい深いものと言えるだろう。カラーでもなかなか自然な発色を見せてくれるが、フジのカラーネガではあっさりとした色合いになる。

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No.2〜オートトプコールφ 5.8cm f1.8  これは58年に上記オートトプコールを小変更してデビューしたタイプで、国内では売られなかった。一目で絞りのチャージレバーが消えていることに気が付くが、それもそのはず、このレンズはシュタインハイル社のいわゆる「オートキノン」型の絞り機構を備えていたからである。これは、絞り込みボタンを押していくにつれて絞りが閉じ、離していくとそれに合わせて絞りが開放になる仕組みである。本家のドイツ製レンズは、この絞込みボタンを押しても、その力に比例して絞り込まれることはなく、最後まで粘ってシャッターが落ちるちょっと前になって一気に絞り込まれるが、トプコールの場合はちょっとタイムラグがあるような感じで、ボタンに対して遅れるように絞り込まれていく印象である。絞りの閉じ加減は押す力と比例している。
 このタイプのレンズは絞込みボタンが重くなって、必然的にシャッターボタンを強く押さざるを得ないが、トプコールはドイツ製のものに比べて軽い方ではある。しかし、先述のタイムラグのある絞りの動きが何か重々しい印象を与える。これは、できるだけ開放にしておきたいための工夫であるから、ないよりあった方が良いのであるが、どうも使っていてすっきりするものではない。また、ボタンまで延びるアームの厚味も増したので、ちょっと使いづらくなってしまった。絞り/シャッターボタンのアームの上にあるツメは手動絞り用のものである。
 オートトプコールと同じであるが、絞込み/シャッターボタンの基部のカバーの着色は、同3.5cm・10cmレンズと大きさや形を揃えたため、この部分の色で見分けるようにしたもの。わざわざコンパクトな5.8cmレンズを長い10cm等と大きさを合わせたことから、レンズフードが不要なほど前玉が奥まったところにある。
 レンズ構成やその写りも従来のものと何ら変わりはないが、絞り込んだ場合、8枚絞りの上辺が直線になり、角になる従来のものと微妙に位置が異なる。

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NO.3〜Fオートトプコール5.8cm f1.8  オートマチックトプコンR(トプコンRII)の開発と共にオートトプコールを完全自動絞り化して60年に登場したレンズである。コーティングは従来のものと変化はないが、絞り羽の枚数は自動絞りにするために6枚構成に変更された。デビュー当時は完全自動絞りでf22まで絞り込めるのはこのレンズだけで、東京光学はその点を誇らし気にアピールしていた。やはり当時の一般的な技術ではなかなか正確にf22まで絞り込むのは難儀だったのだろうが、今思えば「どうして?」と思うようなレベルの話ではある。
 レンズ構成は一部変更され、1枚目と2枚目・5枚目と6枚目が離れる構成を採っているが、このような形態になっているのはFオートトプコールのみで、大変興味深い。
 鏡胴デザインは一新され、鏡胴自体が短くコンパクトになったが、何より目を引くのがヘリコイドリングに巻かれたゴムの滑り止めである。これはどのメーカーも70年代に入るまで採り入れなかったものであるが、東京光学は他メーカーより10年も前から実施していたのである。当時の企業イメージから何やら東京光学に保守的な印象を持つ人が多いように錯覚してしまうが、実はこんな小さなところにも新しいアイデアを注入する革新的なメーカーであった。
 その他の変更点は、まず絞り表示が透明のプラスチック窓に覆われており、手の込んだ作りになっている。また、フードがバヨネット式に取り付けられるよう、鏡胴先端に爪が設けられている。更にマウント部には将来の内蔵露出計(TTL)のことを見越して、既に絞り位置伝達ピンまで備えているのは驚かされる。ただし、これは後のREスーパーのものとは機構的に絞りが逆周りになってしまい、そのままでは使えない。

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NO.4〜H-Fオートトプコール5.8cm f1.8  62年のトプコンRSの最初期に付けられていた標準レンズで、海外でのみ一般市販された。
 実は当初このレンズは日立製作所の依頼で製作されたと言われているもので、構成そのものはFオート・トプコールと変わらないものの、よりハイクオリティが求められたのか、コーティングに変化が見られる。従来のシアン・マゼンタのコーティングに加えてアンバー色も見られ、性能の向上が図られている。
 レンズ鏡胴も一新され、当時開発中であったREスーパー用の白鏡胴をまとわせている。また、最短撮影距離も45cmであり、基本的な部分では後のREオートトプコールと変化は見られない。しかし、絞りリングの回転方向は従来のままで、RE用とは逆になるので、やはりそのままでは後のTTL機には使用できない。ヘリコイドリングの滑り止めゴムは、直後に出たREオートの初期のものと違って、前後の両端に土手が盛られていない。しかし、中期以降のものとも違う肉厚のゴムで、Fオートトプコールのものと共通になる。
 このレンズには面白いオマケが付いており、後玉の更に後に保護用のフィルターを取り付けられるようになっている。ただし、これは特殊用途のみで使用されたはずで、そもそもこのフィルターを取り付けてしまうと、一眼レフカメラではミラーにぶつかってしまう。しかし、その名残りは次のREオートトプコールにも見られ、ただの反射防止の溝と思われていたマウント内側にある溝は、実はネジのピッチであり、ここにフィルターを取り付けられようになっている(
こちらのページを参照)。

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No.5〜REオートトプコール5.8cm f1.8  ご存知63年に登場したトプコンREスーパーの標準レンズとしてデビューしたレンズで、TTL機構と完全連動させた最初のレンズである。ここから東京光学ではエキザクタマウントと言う呼び方を捨て、REマウントと称するようになった。
 Fオートトプコールと大きく異なるのは鏡胴デザインで、色が白鏡胴になったことはもちろん、焦点距離の表記が普通に外側に刻まれるようになった。コーティングも一新され、このレンズより70年代後半のNシリーズが登場するまで、トプコンではアンバーコーティングが目立つようになった。
 ところで、このレンズは60年代半ばにこっそりとコストダウンバージョンに変更され、1枚少ない構成になったことがある。しかし、ユーザーの目はごまかせなかったようで、コストダウンレンズになったとたん、多くのユーザーから写りが悪くなったといったクレームが多く寄せられたため、元のレンズに戻したと言う。
 さて、このレンズの構成はオートトプコールのものと同じで、Fオートトプコールのものとは異なる。写りは非常に解像力が高く優秀なレンズであるが、ボケはあまりきれいな方ではない。若干二線ボケ傾向があり、せっかく絞りを開け気味にしても、背景によってはかえって煩わしい感を与えることがある。また、色特性は冷色系になるが、青空が時として少々くすんだような雰囲気で写ることもある。これはフィルムによってかなり左右されるものの、条件が合えばとても鮮やかなネガを得られる。基本的には素朴な色合いで、諧調が豊かであるのはこのレンズの大きな特徴であり、長らく支持されてきた面である。
 なお、これとは別にREマクロオートトプコール58mm f3.5もある。

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No.6〜REオートトプコール5.8cm f1.4  前記5.8cm f1.8よりごくわずかに遅れて登場したもう一つの標準レンズで、一眼レフ時代のトプコールの代名詞のような存在である。業界では昔から第一級の評価が与えられてきた名作で、近年コシナによってこれをコピーしたレンズが発売された。ただし、それはあくまで外見だけで、レンズ構成やその写りは全く異なるものである。
 このレンズの構成は5群7枚のガウス型。後玉の口径がマウントの関係から大きくできず、筒をぎりぎりまで薄くして、レンズの面積を最大限にまで広げている。よって後群のレンズはネジ止めではなく、カシメて固定されている。マウント後端右下から出っ張る部分は、レンズ着脱時に後玉を保護するためのもので、レンズを装着する際、まずここがボディマウントの下部にくる。
 反対に、後玉の小ささを補うために、前玉はf1.4にしては異様なほど面積が広く、かなり迫力がある。REオートトプコールは基本的に28mmから200mmレンズまでフィルター径を49mmに統一していたが、このレンズでは62mmになる(後の85mm f1.8と2本だけ)。おかげで、大きくがっしりしたREスーパーのボディと相まって、非常に力強いデザインに見える。
 このレンズはf1.8のものと異なり、レンズの先端が鏡面のクロームメッキが施されておらず、他の鏡胴部分と同様の仕上げになっている。Fオートトプコールより、バヨネット形式でレンズフードが取り付けられるようになったが、このレンズもまた同じである。
 写りの特徴は一言で言うと見た目とは裏腹にとても繊細である。開放絞りではフレアの影響からぼやけたような感じになるが、シャープネスはしっかりした柔らかい描写になる。しかし、f2にしたとたんにビシッとした感じに仕上がる。それでいて線の細い、細かなところまでしっかりと描写する優れたレンズに早変わりする。色も比較的ニュートラルであり、発色も穏やかで質素な味わいを求める向きには最適であろう。下手にコントラストが強いだけのレンズとは明らかに設計の思想が異なる。他社のレンズ設計の基本概念と異なり、東京光学では「画面全体で最も解像度が高くなる」ことを第一に設計されてきた。よって、よく言われてきた立体的描写に優れるレンズが出来上がったのである。
 なお、Fオートトプコールから設けられていた、マウント部の後ろから向かって6-8時の位置の溝は、中期からは省略された(58mm f1.8も同じ)。ちなみに、この溝はトプコンRのボディ側のレンズ着脱レバーの形状からくる。すなわち、トプコンR用のレンズは絞りの連携機構がレンズのアームの部分にあったため、マウント自体はただの止め具でしかなく、レンズ鏡胴の後端の外径は細くなっている。そこでトプコンRは着脱レバーの先端に丸い突起を付けて指掛かりを良くしているが、絞りの連携機構がマウント内に入ったFオートトプコール以降は後端の外径が大きくなり、カメラ側のレバーを平たく長いものとして対処した。これにより、既に売られていたトプコンRでは、後のレンズを付けられないことになる。その対策をボディ側に求めるには、メーカーでの有償でのパーツ交換が必須になる。そこで、しばらくの間はレンズのマウント部に凹みを付けて、トプコンRの着脱レバー先端の突起に対処する「逃げ」を設けていた(4段目の白レンズ)。
 REオートトプコール5.8cm f1.4は、5段目の画像の赤点・土手付きゴムリングの最初期のものから、緑点・土手なしゴム(以降全て同じ)・逃げ有りの第二期、逃げなしの第三期、feetの数字表記がオレンジになって鏡胴先端の塗装が一部削られてアルミ地が出た黒鏡胴の第四期(スーパーDの時代)の四つのタイプに大まかに分類できる(ちなみに、この画像の黒鏡胴はREスーパー後期のもので、スーパーDの頃の最終型ではない)。

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No.7〜REGNトプコールM 50mm f1.4  73年にスーパーDMが登場した際に標準レンズとして取り付けられていた、東京光学としては初めてのマルチコーテッドレンズである。
 このレンズの最たる特徴はガイドナンバーシステムを備えたことで、ここをストロボのGN(ガイドナンバー)値に合わせるだけで、自動的に被写体の距離に応じた最適の絞りに設定される点にある。ニッコールにもGNレンズはあるが、あちらの場合、絞りの間隔とヘリコイドリングの回転量をしっかり合わせてはおらず、多少のずれが生じる。これを暗い開放絞りと短い焦点距離の利用で補っているが、フィルムラチチュードに頼らざるを得ない設計であるとも言える。これに対してREGNトプコールは、完全に絞りの等間隔化を果たし、そのためにヘリコイドにカムを応用し、焦点距離が近付くにつれて鏡胴の突出量が二次曲線的に急に大ききくなるようになっている。そのため、完全に等間隔絞りと等間隔GNを実現した結果、正確な露出を可能にしているのである。3段目の画像のように、例えばGN28のストロボを使う場合、絞りリングの横に付くボタンをその数字に合わせて前にスライドさせ、絞りのクリックがフリーになった状態でピント合わせをすると、GN28のストロボの光が届く範囲でヘリコイドリングと絞りリングが連結されて回るようになる。f1.4でGN28なら、一番遠い位置で20mの少し手前でヘリコイドが止まる。また、最少絞りがf16なので、手前は2m弱のところで止まるが、これはそれより手前では光が強過ぎることを意味する。ちなみに、この設定はASA(ISO)100を標準としている。異なる感度のフィルムでは、その倍率と比例させてGN設定を行なう必要がある。なお、一般使用時の最短撮影距離は40cmまで延びている。
 レンズ構成は5群7枚で、この点はREオートトプコール5.8cm f1.4と同じであるが、そのデザインは全くの新設計で、レンズ自体は一回り口径の小さいものになっている。ただし、フィルター径は62mmを受け継いでいる。
 写りは開放から非常にシャープで、色の乗りがとても良い。さらに立体的描写に優れ、本当に被写体が浮き上がって見えるほどである。この感覚は、REオートトプコール25mmと甲乙つけ難い。ただし、このレンズも絞り込むと二線ボケ傾向がわずかに見られ、草木をバックにすると絞りによっては邪魔に感じることもあるだろう。
 発色は従来のトプコールとは性格を異にし、青よりも赤味の強いものになる。全体としてどの色も鮮やかに出るが、その諧調も豊かなので、個人的には最も気に入っているレンズである。

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No.8〜REGNトプコール 50mm f1.8  これも上記f1.4と併売されたレンズであるが、マルチコーティングはなぜか施されてはいない。ヘリコイドにカムを備えたGNレンズであるのは変わらないが、レンズ構成は5群6枚で、全く異なる。コーティングは従来のものと同様にアンバー系のものがメインになっているが、シアン、マゼンタ系のものも使われている。
 写りはこのレンズも非常にシャープで、開放から何ら問題が見られない。実際シャープさにかけてはこのレンズが全トプコール中随一かもしれない。ただし、REGNトプコールM 50mm f1.4のような立体感や、REオートトプコール5.8cm f1.4のような繊細で素朴な描写は見られない。シャープでコントラストもはっきりしていて、どちらかと言うと全てそこそこに備えた優等生的な印象である。
 ところで、REオートトプコールの時代は、f1.4とf1.8とでは鏡胴のデザインから大きさまで全く異なっていたが、このREGNレンズはf1.4と鏡胴の外見は全く一緒である。ただし、レンズが異なれば明らかに繰り出し量等も変わってくるのだから、当然のことながらヘリコイドに使われるカムの曲線は変更されている。もちろん使われるレンズの面積も狭くなっているので、手にした時の感触は幾分軽さを実感できる。なお、これらGNレンズから、それまでのトプコールとは別のデザインのヘリコイドリングの滑り止めゴムが使われるようになった。すなわち、従来の縦にのみ溝の掘られたデザインのものから、山の小さい正方形のブロックパターンへと変わったが、同じものを使うのはNew IC-1用HIトプコール55mm f1.8と同50mm f2.8のみである。

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No.9〜REトプコールN 55mm f1.7  77年にトプコンRE200がデビューしたが、その際に新たに開発されたレンズで、この「N」の呼称はそれまでREスーパーの米軍輸出モデル、ベセラートプコン・スーパーDのNAVYモデルに付いていた「N」ではなく、単にNewの意味の「N」を示す。ただし、レンズ自体には「N」のマークは刻まれておらず、カタログ等にそう紹介されていただけである。便宜上そう呼んでいただけなのだろう。
 レンズは全くの新設計の4群6枚構成で、鏡胴も含めてかなりコンパクトに仕上られている。見た目は従来のトプコールと言うより、何やら70年代後半の汎用レンズと言った感がある。思えばこの頃のレンズはどのメーカーも同じような鏡胴デザインになってしまったが、没個性と言われても仕方あるまい。
 鏡胴もシンプルな構成で、それまでのREオートトプコールにはボールベアリングが用いられていたが、このNシリーズにはそれは見られない。
 ところで、その写りはどうかと言うと、当時の『カメラ毎日』別冊「レンズ白書」では、最低の評価がなされたが、意外と使ってみると悪くはない。開放絞りでもなかなかシャープであるが、少し絞ると高級なレンズにも全く見劣りしない。しかし、ではこのレンズの味はどこにあるのかと言うと、際立った特徴がないだけに、何とも言いようがない。かえって開放絞りの逆光撮影で、当時の他社のマルチコーテッドレンズではあまり見られなくなった強いゴーストを楽しむのもいいかもしれないが、こうしたことからも、あまり優秀と言われないのも仕方がないのだろう。なお、このNシリーズは28mmから200mmまで揃えられたが、これにREズームトプコール35-100mm f3.5-4.3が標準ズームとして加えられた。

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No.10〜UVトプコール53mm f2  63年のトプコンウィンクミラーS及び、翌64年のユニの標準レンズとして使われていたレンズ。名前の由来のUVは、実は紫外線を除去するUVフィルターのコーティングと同じ効果を持たせたバルサムをレンズ張り合わせ面に用いたことからくる。この手法はレンズ交換のできないウィンクミラーEの頃から用いられており、以後レンズシャッター機の交換レンズには全て用いられるようになった。ただし、設計上張り合わせ面のない焦点距離のレンズの場合、最後尾の玉を単純なガラス板にして、これにUVフィルターのコーティングを施したものが備え付けられている。
 最短撮影距離は70cmで、RE系のようには近接撮影できないのが少々残念であるが、マウントアダプター等の利用で、RE系の接写システムが使えた。反対にこのレンズをRE系のカメラに付けるアダプターもあり、それにはUVレンズ自体には付いていない絞りリングが埋め込まれ、UVレンズのフランジバックの長さが活かされ、∞から焦点が合うように作られていた。ただし、これらのアダプターはオートも開放測光も使えない手動絞りになる。
 さて、この53mmレンズは4群6枚の平均的なガウス型であるが、廉価版のカメラの標準レンズの割に良く写る。もちろん開放値がf2であるから、マウント口径が極端に狭いレンズシャッター機用のレンズであっても、設計にあまり無理がかからなかったのであろうか、開放からシャープな画像を結ぶ。また中間諧調も思いの外滑らかかつ豊かに再現され、なかなか侮れない実力を持っている。
 鏡胴デザインは廉価版そのもので、ロシア製一眼レフ用のレンズのような質感である。いや、コストダウンのため距離目盛がヘリコイドリングに刻まれておらず、薄い金属板にプリントされたものが巻かれてネジ止めされているので、より安っぽく見えるのが今となっては惜しいところである。
 1段目と4段目右のレンズはウィンクミラーSのものだが、レンズ着脱用のレバーの形状がユニに取り付けられていた台形のものと異なり、半月形のものを押すようになっている。また、ボディ側マウントとの噛み合せの際に必要な張力を、マウントのツメの一部を板バネ状にして、これを少し曲げて得ているが、ユニのものでは内側に薄い板バネをカシメて止めているように、多少の向上が図られている。

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No.11〜UVトプコール50mm f2  トプコンユニレックスの標準レンズとして69年にデビューしたレンズ。実はレンズ構成そのものはUVトプコール53mmと基本的に変わらないが、このレンズから50mm表記となったようにわずかに構成レンズの曲率を変更しているものの、ライカと同様に51mmと少し超える形になる。考えてみると昔の国産レンジファインダー用の50mmレンズは、バルナック・ライカの標準レンズで実測51.6mmを50mmとしていたものをわざわざ真似ていたが、一眼レフの時代になっても初期の58mm等の少し長目のレンズは別として、50mm化された頃も実測は長いものが多かった。距離計や別枠のファインダーに縛られない一眼レフでは、厳密な焦点距離表記はあまり意味がなくなったと言える。この表記に関してはメーカーによってかなりばらつきがあるようだ。
 ところで、このレンズからは鏡胴回りが一新され、ユニレックス本体に合わせて白鏡胴が採用された。ブラックボディに合わせた黒鏡胴のものもある。また、ヘリコイドリングのデザインもより高級感のあるものになったが、トプコンお得意のゴムの滑り止めリングは巻かれなかった。しかし、ヘリコイドが一新されたことから、最短撮影距離は60cmに改善された。
 このレンズもやはりハーフトーンをしっかりと再現してくれるが、色合いはわずかに暖色傾向が見られ、フィルムによっては青い空も時として緑色がかって見えることもある。
 レンズフードは53mmレンズも同じなのだが、RE系のものと異なったねじ込み型になる。鏡胴先端には他社のものと同様にフィルターを付けるが、専用フードはヘリコイドリングの先端の内側に付いたネジを利用する。これでフィルターの厚味に影響なくすっきりとフードが装着できるのが特色である。

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N0.12〜UVトプコール50mm f2.8  73年に売られた輸出専用機のユニレックスEEに付けられていた標準レンズ。国内でのカタログにはなかったが、輸出用にはユニレックス時代の末期から廉価版として存在していた。
 レンズシャッター式一眼レフは、機構が複雑になるにもかかわらず、フォーカルプレーン機に対してどうしても格下な設定であったために値段を上げることができなかった。その結果、他社のレンズシャッター機は60年代後半になるとどんどん消えて行き、70年代で生き残っていたのはトプコンとコーワだけでになった。これでシャッターの供給元のセイコーシャが生産を打ち切り、最後に残ったパーツでコーワからは超広角専用機のUW190が、トプコンからはスポット測光を廃したユニレックスEEが売られて、幕引きとなった訳である。その際に付けられていたのがこのf2.8レンズで、一層値を下げて売り切ることを第一に考えたものである。
 レンズ構成は3群4枚のテッサー型。レンズが固定されていたトプコンPR/PRIIと形式は同じだが、設計そのものは異なる。鏡胴周りも黒塗りのとてもシンプルなもので、いかにも廉価版と言った風情であるが、ユニの53mmのような距離目盛をプリントしたものでなく、しっかり掘り込まれている。ただ、面白いことに、レンズの前後長が短いので、ヘリコイドリングの滑り止めの上面1/3ほどが洗濯板状のギザギザ加工が施されておらす、ここに距離数字を刻んでいる。なお、最短撮影距離は70cmである。

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No.13〜HIトプコール50mm f2  トプコンIC-1オートの標準レンズとして73年に登場した(輸出用は72年)もので、主に外観を変更して新しいボディに合わせている。
 72年にセイコーシャの35mm一眼レフ用レンズシャッターである「セイコーシャSLV」の供給が終わり、東京光学ではユニレックスのボディを活かした小型の一眼レフを作り、UVマウントユーザーに新たなボディを提供することになった。この際に作られたIC-1オートのボディは平凡な布幕フォーカルプレーンシャッターなので、無理にマウント部にシャッターと絞りリングを埋め込まなくても良いはずだったのだが、それまでのUVレンズユーザーを考慮して、従来通りのマウントの形状を用い、若干余裕のできた内径は広げて作り直された。
 反対に、このマウントはあくまでレンズシャッターに合わせて設計されたものだから、フォーカルプレーン化の際に、レンズマウント側からの情報伝達機構が機械式では面倒なものになるため、シャッター制御を電磁処理して対処している。これがカメラ名になった「IC」の由来であるが、レンズ側自体は伝達機構も含めてUVトプコール50mm f2と何ら変わりがなく、いかにも機械的なものがそのまま使われている。
 レンズコーティングもそれまでのUVトプコールと同じくアンバー系で、5枚絞りの形状まで同じだから、写りも同様である。異なるのは鏡胴の色と、その名前だけであると言って良いだろう。よって、せっかく内径の広がったボディ側マウントは、このレンズではまだ活かされていないことになる。

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No.14〜HIトプコール55mm f1.8  トプコンNew IC-1オートの発売に合わせて新たに開発されたレンズで、75年に発売されたもの。それまでのIC-1オートは、ユニレックスのボディの名残で、マウント部に付いた絞りリングがf2までのものであったが、時代は既にf1.7が廉価モデルの標準に付けられていた頃なので、f2では競争力が弱く、トプコンとしても既存のボディを最小限改良して、f1.8レンズに対応すべくマイナーチェンジしたのがNew IC-1オートである。これに付けられていたレンズがこの55mmレンズなのであるが、新たな設計の割りに中途半端な焦点距離となっているのが残念である。と言うのも、レンズシャッターのために口径を広くできなかったUVトプコールに対し、フォーカルプレーン化されてシャッターユニットがマウント部からなくなったIC-1では、少しだけ口径にゆとりができたものの、あくまで絞りやシャッターリングを備えたUVマウントである限り、やはりまだまだレンズ設計上で無理があり、明るいレンズやズームレンズでは苦しかった。それを焦点距離のアップでバックフォーカスの長さをかせぎ、何とかf1.8レンズを安価に供給できるようにしたのである。
 レンズ構成は4群6枚のガウス型であるが、IC-1からマウント内径が広がったことを利用し、後玉が大きくなっている。コーティングもそれまでのアンバーコーティング中心だったものから、マゼンタが目に付くようになった。これにアンバーとシアンが少し入っているが、実写した際のネガでは従来のものと差はあまり感じられなかった。シャープな感じは高まっているが、開放時は甘い感じも残る。反面、絞り込んだ際のボケ味は内面反射の影響が改善されているためかゴーストのようなものは出にくい。
 スーパーDMのREGNトプコールと同じヘリコイドリングの滑り止めゴムを使っているため、見た目にも一新されている。

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No.15〜HIトプコール50mm f2.8  これもNew IC-1の発売と同時に用意された廉価版の標準レンズである。元々IC-1自体が廉価版として若年層を狙った一眼レフカメラであったのに、それよりもさらに購入しやすいようにわざわざこのレンズを用意した意図は良く分からないが、せっかく新たに作ったUVトプコール50mm f2.8があるのだから、それを活かそうとしたものなのだろう。
 ユニレックスEEのUVトプコール50mm f2.8と構成の上では何ら変わりがない。しかし、コーティングはNew IC-1用として出たために、やはり上記HIトプコール55mm f1.8に合わせて変更されていて、シアンとマゼンタが中心になっている。
 ヘリコイド回りもNew IC-1に合わせ、HIトプコール55mm f1.8と同じものが使われている。その結果、本来f2.8レンズのコンパクトさが失われてしまい、見た目はf1.8レンズと変わらないものになってしまった。ただし、前玉がかなり奥にあるため、レンズフードはほとんど不要だろう。
 写りはテッサー型特有の骨太なイメージで、結構シャープに写ってくれる。ただし、コントラストの向上と共に、色の出もはっきりしている反面、どうも中間階調が犠牲になっている感は否めないだろう。しかし、廉価版のレンズとしては驚くほど良く写ってくれる。開放から最少絞りまで解像力にそう変化が見られず、平均してなかなかシャープな像を結んでくれる。色合いもニュートラルで好感が持てる。

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No.16〜AMトプコールMC 55mm f1.7  79年にトプコンRM300とともに登場したレンズで、ベースはREトプコールN 55mm f1.7である。このレンズの最も大きな変更点は東京光学で初めてKマウントを採用したことに尽きるであろう。トプコンRを作った当時、一眼レフのマウントはペンタックスが採用したねじ込み式のプラクチカ(P)マウントか、トプコンが採用したバヨネット式のエキザクタ(EX)マウントが世界の汎用マウントであった。しかし、口径の点で劣るEXマウントを採用してしまったばかりに、その後レンズ設計で苦しい思いをすることになったトプコンであるが、当初は先がはっきりしないフルスペックの一眼レフへの着手である。マウントを新たに自社で作るよりも、世界で多く使われているEXマウントを選択したのは、安全策であることに他ならない。
 70年代半ばに入ると、トプコンのブランドイメージもREスーパーの頃のものとは変わって、どうも一時代前的なものになってきて、一層苦しい戦いを強いられた。最早自動露出やワインダー装着など各社で当然の機構として作られ、トプコンとしては安価な方向へ走っていった結果、RE200・300と言う高級感からは程遠いカメラが出来上がった。さすがにもうトプコンのカメラに古いEXマウントのドイツ製レンズを使うことなどまずない時代である。しかも、絞りと露出の連動機構を備えたトプコンRE系では既にEXマウントとの互換性はあまりなくなっていた。それでも20年間守り続けたトプコンも、やはり競争力の点で劣るRE200・300に固執し切れなくなり、新たにマウントをペンタックスが使用権を開放していたKマウントに改めてRM300を作り、輸出専用機とした。この背景には当時流行であったコンパクトな絞り優先式AE一眼レフであるAM-1の開発と関係があった。しかし、これも試作機が作られただけでカメラ業界からの撤退が決まり、トプコンのカメラは中判のホースマンシリーズが細々と続けられるだけになった。ただし、それも発注元の駒村商会のホースマンブランドに統一され、ER-1からはトプコン/トプコールの文字は消えてしまった。
 ところで、AMトプコールはマウント以外REトプコールのNシリーズと基本構成は同じである。また、海外卸売り業者からの注文で、様々な銘柄のレンズが使われたことも同じである。ただ、レンズ名に「MC」の文字があるようにマルチコーティングされ、マゼンタ径のものに緑色のコーティングが見え隠れし、後ろにアンバーとシアンが見られる。また、ここでは触れないが、AMシリーズにだけあったAMズームトプコールMC 28-50mm f3.5-4.5の標準ズームレンズが新たに供給された。

 57年のトプコンRから始まった東京光学の一眼レフの歴史であるが、81年に撤退が決まり、試作機のトプコンAM-1も日の目を見ないまま設計図が下請けのシィーマに譲渡され、そこからシムコLS-1として生まれ変わって世に出たのは前に「よもやま話8」でお話した通りである。しかし、こうして標準レンズの変遷を見るだけでも、トプコンの苦しい戦いが見られるようで、改めて興味深いものになった。
 そもそも東京光学は、優秀な光学メーカーとして長らく認知され、世界初の機構をいくつも開発してきたのに、どうして70年代に急に失速したのか。それはよくEXマウントの問題だと言われてきたが、実は中級機の失敗にあると私は思っている。REスーパーはシステムカメラとしての存在感と完成されたイメージが確かに60年代にあった。そこでトプコンRE-2を出して中級層を狙ったのだが、出たばかりのコパルスクェアを採用したことが問題だったのではないか。これによって、中途半端な大きさと、シャッターダイアルが前に突き出て、反対に従来からの特徴だった前面シャッターボタンも崩れ、のっぺりとした軍艦部に移ってしまいちょっとちぐはぐになっていたが、これを単にREスーパーを小さくしてファインダーを非交換式にして使い勝手を良くしていれば、もっと売れて然るべきカメラになっていたはずである。そこから小変更を重ね、オート化、自動巻き上げ化へと進める道を開くべきだったと思うが、当時の東京光学はこれをUVマウントに求めてしまった。しかし、ユニレックスのすっきりしたデザインをREマウントで行なっていたら、これまた一層売れたに違いない。その上でマウントの口径アップや、熟成の進んだコパルスクェアシャッターの利用を後日考えれば良かった訳で、結果として60年代後半から70年代前半にかけて中級層の心をつかめなかったのが一番の原因なのではないだろうか。そこそこの売り上げがあって、新規に開発する財政的な土台があれば、優秀な人材を多数抱えていた東京光学では、きっと良いカメラをもっともっと作ることができたはずだけに、AM-1の基本的な発想は、IC-1オート開発の際にREマウントで実行されるべきものだったと私は今でも考えているが、それもUVマウントユーザーの切り捨てがあって実行できるものである。これを行なわず、それまでのユーザーを大切にした東京光学の姿勢には、今なお頭が下がる思いである。

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