ヨコハマ・マウンテン・パッセンジャーズ
林道ツーリング44〜秋の天邪鬼ツーリング

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さーて、ここはどこでしょう?

総勢9名のオサーン
総勢9名!

 10月の体育の日の連休は、ヨコハマ・マウンテン・パッセンジャーズでは恒例になっている秋の北志賀方面のツーリングに出かけてきました。ただし、今回は厳密には北志賀ではなく、志賀高原の南側と、筑北村周辺を拠点にして四賀村の辺りを走ったんですけどね。
 それはともかく、初日は朝9時〜9時半頃に須坂の先にある「You游ランド」駐車場で現地集合。これに合わせて朝3時に横浜を出発。ルートは保土ヶ谷バイパス→国道16号→八王子ICから中央道→長野道→須坂長野ICと言う具合ですが、山梨県内では雨が降り始めて「台風が去った後にもう雨かよ〜」と先行き不安になりましたが、長野県側では止んでいました。
 長野自動車道も快適に走りましたが、姨捨SA付近ではかなり霧がひどくなって一休みしますが、長野市内はすっきり晴れていて、何かこれからの不思議な天気を予感させるものがありましたね。

今回の参加者(車)

コムさんズ
YAMAHA DT-1

 それでは今回集まったオサーンの愛車をば。
 まずはコムさん弟のヤマハDT-1初期型。トレールのルーツとも言われる'68年生産開始の名車ですね。やはり初期型にはこの白タンクが良く似合いますが、昔はこれをちょこっと改造した程度で鈴木忠男選手らが激しくMXコースを走っていたんですから、考えてみると凄いことですよね。もちろん、ビンテージMX等で、ワテらもツインショック車で飛び回りますが、やはり足が長くなってからのトレール車の方が100倍楽ちんです。そのくせ、古トレールでもパワーだけは2stだけにしっかりあるもんで、さすがに高回転はダメでも中速域はなかなか元気なんですよねー。
 こちらは去年の秋ツーでも頑張っちゃったF田社長の'71年型スズキハスラーTS250の3型。あの時は『絶版バイクス』誌にトレール特集で一際大きくアップされてましたが、やはりハスラーは1型のレトロな渋さは別として、このフルモデルチェンジした3型か、後の8型に人気が集まるようですね。F田社長は実際、若い頃にこうしたトレールが普通に売られていて、道もちょっと山の方へ行けば未舗装路だらけで、当たり前のようにダートに馴染んでいたそうです。反面、当たり前のように周囲がダートだらけだと、やはり舗装路をかっ飛ばすハイパワーなロードバイクや車に気持ちが傾くのは当然でしょうが、時間が経つと昔楽しんだトレールの面白さがたまらなくなるんでしょうね。それにしても、F田社長、リッター10kmは空け過ぎっす(笑。

F田社長の大食い車
Suzuki TS250-3

T口宴会部長はHT-1
Yamaha AT-1

 こちらは2日目に合流した現地組のT口宴会部長の'69年型ヤマハAT-1。DT-1とともに発売された125ccバージョンがAT-1で、兄弟車の175はCT-1、90はHT-1、360はRT-1、ミニトレ50の元祖がFT-1、同60ccものがJT-1となります。使い込まれたシブさが何とも言えないいい味を醸し出してくれます。でもT口さんはオサーン世代では結構身長が高い方で、彼の乗るAT-1はどうもHT-1に見えちゃいますね(笑。坂北方面に詳しいので、2日目は彼の紹介で立派な宿に泊まることになりましたが、彼自身は家が近くなので、温泉につかって“反省会”と称する宴会に参加して帰宅。でも、宴会モードバリバリで、さすがは宴会部長と異名を取っただけのことはありますね(笑。
 おなじみのいっつあんのXLR250R真鯛号。このバイクも86年型ですから、現行車からするとはるか昔の旧車になるんですねー。思えば70年代末に各社とも足長EDバイクを輸出し、国内ではそのデザインを生かしたトレールを発売し始め、その後すぐにモノショック化されましたが、このXLRの頃までは大きな差はありませんでしたね。90年代から2st勢が大幅に変わって行った感じがありますが、あれは薄いシートがタンク上にまで来るようになって、フレームそのものが変化していったからなのかな。いっつあんの真赤な真鯛くんはモノショックである点やFディスク以外はワテのKLXバッタくんと大差ないですもんね。

いっつあんは真鯛号
Honda XLR250R '86

一つ目さんはXR250Baja
Honda XR250 Baja '97

 一つ目さんはトランポにこの'97年型XR250BajaとスズキK125コレダを積んできていて、コレダにはトレールタイヤまで新調してやる気満々でしたが、どうもエンジンの調子が冴えないようで、安全パイとして持って来ていたバハで2日間を走ることになりました。これはいっつあんのXLRを小変更したものかと思いきや、さすがはXR時代のホンダ車。フレームからして全く違うものでしたねー。見た目にフロント周りが重々しいですが、二つ付いている大きなライトやデジタルメーターなどはフレームにつながっているもので、直接ハンドリングが重くなるようなことはなさそうです。でも今回は“二つ目”さんを通していました。
 “反省会”幹事のコムさん兄は、今回は'71年式ヤマハDT-1Fで登場。それにしても相変わらずキレイな車体ですが、本当にレストアラーとしての腕前は第一級。趣味でいじっているマニアの中では日本屈指と言っても過言ではないですよ、マジで。並みのショップなど足元にも及びませんね。その上でコムさんはこのきれいな車体を惜し気もなく林道でビンビンに走らせますから、気合入ってますよー。実際に、年にほんの数回の林道走行でも以前に比べて段違いに速くなっています。何しろコムさんはメーカー指定の通り、BSトライアルユニバーサルタイヤにエアを2.2kg/mも入れて、パンパンな状態で走っているんですから、こりゃもう「よくあんなに走れるなぁー」と感心しきりでした。

コムさん兄のDT-1F
Yamaha DT-1F

F見さんのDT200WR
Yamaha DT200WR

 G7ライダーのF見さんはオフロードはDT200WRが愛車になります。昔はKL250を色々いじって乗っていたそうですんで、オフロード経験は豊かですが、しばらく遠ざかっていた時期があったそうです。でも根っからの飛ばし屋ですから、このWRで本気モードに入るとかなり速いですよー。ワテも乗ってみましたが、走る以前にキックアームが15cmくらいしかなくて、上手く始動できませんでした。それにしてもこのWRも'91年型ですから、新しいと言ってももう18年も前のモデルなんですよねー。この頃からハイパワーなトレールバイクがより一層形を変えて、現在につながっているようです。この後2stが一掃されて4stハイテクトレール車全盛になってきます。
 一体何台バイクを持っているのか分からないごきんさんは、現在転勤準備中で初日は夜になってやっと宿に到着。何と横浜市内からこのTDR125に乗って下道をずっと走ってきたそう。それにしてもTDRは250と80は知ってますが、125は記憶になかったと思ったら、それもそのはず、イタリアヤマハで作られ逆輸入された希少車だったんですね。TDRは短命で'88年だけで消えているので、この125もその頃生産されたものであることは間違いないです。モノショックのリンクがグリス切れしているのか、ダートではキコキコと音を立てていました。ライトは立派に二個付いているのに、提灯レベルだとのこと。でも、車重はKLXよりも確実に重かったですね。パワーも多分KLXよりあるでしょうね。

ごきんさんのTDR125
Yamaha TDR125

Myバッタくん
Kawasaki KLX250A

 Myバッタくんは'79年型のKLX250Aになりますが、2年前の東豊御林林道から妙に登りで力が出なくなってから、エアークリーナーのスポンジを変えたりメインジェットを0.5番ほど小さいものに変更したりと、色々いじってみましたが、初日はやはり標高が高いところからのスタートゆえ、初めから力がさっぱり出ませんでした。元々RスプロケがKLに比べてえらく大きいので、1速から5速まで全てローギアードになる設定なのに、林道の登り区間では1・2速全開でも怪しい感じ。3速に入れると「モモモ〜」。KLXの3速は他のバイクなら2速相当なのにねぇ。一体何なのよ〜。

初日は志賀高原

まずはすぐに休憩〜

まだほんの数kmしか走ってませんぞー(^^)

 10時までに全員集合して、まずはいつもの湯沢林道を目指します。ワテはKLX250(バッタくん)で走りましたが、やはり登りでは「モモモー…」。標高が高いところではなお一層厳しいですが、やはりもっとメインジェットを下げないとイカンのかなぁ…。
 湯沢林道では紅葉を撮りに来ているカメラマンや別の林道ツーリングバイクなどとも出会い、なかなか人が多かったようです。天気も良くなっていて、すっきりした風が爽やかでしたね。途中いっつあんが前もって下見してくれた新しい支線でまずは一休み(上の集合写真)。でもどうやらこれは違う道だったみたいで、あっと言う間に行き止まりでした。

湯沢林道出口

「かなりガスってきたねー」「でも小串に行きますか!」

お決まりの赤い橋で
コンパクトデジのセルフタイマーはいつ切れたのかどうも分からん…。

滝をバックにコクさん兄&F見さんニンマリ
橋がいつ崩れてもおかしくないほどなんですが…

F田社長も楽し気
予備タンク持参!

コムさん弟もニヤリ
自分のタンクは塗ってません←紺屋の白袴

ちょっとポーズないっつあん
フロントタイヤ、かなりヤバいっすねー

一つ目さんはニッコリ
二つ目さん

ここではみんなカメラマン
写真撮影には持って来いの場所

小串炭鉱跡
晴れ小串は2度目の体験

 湯沢林道はほとんど晴れていたものの、後半は少しガスってきまして、出口ではいつもと同じく深い霧と言うより、雲の中にいるような感じです。林道を抜けて毛無峠に向かいますが、ちょっと他の仲間もためらい気味だったものの、せっかくここまで来たのだからと言うことで、小串炭鉱跡まで行くことにしました。これは大正解で、小串ではすっきり晴れ上がり、滅多に見られない浅間山までくっきりと見えます。しばらくここで休憩がてら軽食を取ってくつろぎますが、ゲートのところまでは他の車もそれなりにいまして、いつになく人の気配を感じますね。ちなみに湯沢林道でも他のツーリングバイクに出会いました。

お祈り済ませたコムさん兄
慰霊碑に手を合わせてきたコムさん兄

60年代から90年代のバイクまで
それぞれ10年おきに生産されてます

小串では動画もちらりと撮っておきましたよ〜!

 浅間山をバックに「はいチーズ!」
この姿勢から風は結構あるのが分かるでしょ?

 小串でしばらく休憩の後、笠ヶ岳方面に戻り山田入林道を目指します。しかし、さっきまで晴れていたのに、また天気が怪しくなりだして、山田入林道入口に辿り着く前にしっかりと雨が降り始めました。普段ゴーグルを外して走るワテは、埃っぽい林道で皆の後ろを走ったり、高速道路を走ったりする時以外は眼鏡がちょっとした風から目を守ってくれるので、今回もゴーグルを首から提げていました。でも、そこに急な雨ですから、水滴で内側まで濡れ濡れになった眼鏡&ゴーグルでは全く話になりませんので、そのままゴーグルを外して走っていました。晴れたかと思えば雨で、暖かいと思っていたら一気に真冬みたいな寒さ。山には天邪鬼が住んでいるんでしょうかねー。

轍も一気に川になる山田入林道
林道が沢下りになりましたね。

 山田入林道はしょっちゅう落石や崩落で通行止めになる弱い地盤のつづら折れの急な道で、走ると言う意味での土質は良好です。この日も上にはゲートがありましたが、前情報でバイクなら問題ないレベルの落石と言うことでした。でも、雨はますますひどくなり、林道に入るちょっと前にに停まって合羽を着込むことにします。湯沢林道では長袖シャツ&トレーナーで問題なく走れたのに、風が直接当たってくる小串でウィンドブレーカーを着込み、それでも日が当たらなくなったら急に寒くなり出した上、冷たい雨ですから、バイクを止めて話しても寒さでろれつが回りません。指先はぐっちょリ濡れたグローブで凍るように冷たく、感覚も麻痺しそうです。
 ドシャ降りの中、山田入林道を結構下って行くと、多少雨も緩んだ感じになったので、一旦木の下で休憩。「山田入でも写真を撮っておかねば」と意気込んだものの、感覚のない指先のためにデジカメを落としそうになってしまいました。そうこうするうちにまた雨足が強まってきて、慌しく下に向かいますが、最後に近いところの分岐で別のツーリング集団に出会います。どうも支線から下りてきていたところを見ると、これから山田入を登って行くようです。女性もいたようですが、これから山田入林道を登るのは結構過酷かも。
 山田入林道を抜けて「You游ランド」に向かい、その後どうするか決めるところでしたが、途中に中日影林道の入口があって、時間もまだ早いことですしここはいっちょ入りましょうと言うことに。
 この道は湯沢林道の下の入口に近いところに出てくれる有り難い林道で、新しい道だけに浮き砂利が多いのは仕方ないとして、全体的に走りやすい道です。雨ももうほとんど降っていませんが、道も服も濡れています。下の入口からですと、ずっと登り一辺倒ですから、モモモ〜なバッタくんは1速と2速のみで、当然フルスロットル。元々がEDバイクですから、ギヤ比がかなり低いんで、フルスロットルでも2速で50km/hがやっと。元気の良いコムさん兄のDT-1Fに直線で軽く置いていかれちゃいます。それにしても、今回のコムさんの走りはいつになく気合満点。滑りやすい新砂利でもエアがパンパンな古いトライアルタイヤでコーナーでもビンビンですから、後ろから見ていてホレボレしましたね。
 ところで、Myバッタくんですが、途中で急にハーレーもビックリな排気音になって止まってみると、マフラーのインナーバッフルがすっぽ抜けて丁度ミサイルのような状態で後ろにすっ飛んで行きました。すぐ後を走っていたF見さんは大そうビックリでしたが、乗っていたワテ自身、あまりの音の違いに仰天。周囲を驚かせるという意味では正に「テポドン発射」。後ろから「おりゃー、どきやがれー!」と突っついて来る者には丁度良い威嚇になります(笑。
 熱くなったバッフルを冷やしている間に、試しに直管の状態で登りを走ってみると、これが意外にも3速でしっかり加速してくれます。やはりこれまではヌケが悪くて調子が出なかったんですねぇ。それにしてもバッフルは後期のKLX250Bのものとは形が少し違うようです。いかにも排気の流れが悪そうな感じですが、とにかくこのままトランポまで行かないとどうにもならないので、ゆっくり走ることにしました。何しろもの凄い音ですから、林道からの下りは民家も多く、アイドリング状態でほとんど走りましたが、今度はRブレーキがほとんど効いていないことがはっきり分かりました(笑。

フロント1分、リヤ8分な真鯛号
防水ウェアですが、何かべっちゃりないっつあん
スズキですが250ゆえフッコと呼びましょう
F田社長のズボンもグッチョグチョ。
ズボンは別に2色ではありません
中日影でもまだ乾きません。

あの雨ですもんねぇ
か細い沢も激流みたい

いっちゃうかぁ!
これから“反省会”が待ってると思うとノリノリです!

テポドンに手を挙げます
「テポドンだけはお許しを〜」

 駐車場に到着してトランポにバイクを積み込み、当初の予定通り竜王スキー場の麓にある「ホテルノース志賀」に向かいます。到着は午後4時前ですから、まだもう一本は走れそうではありますが、雨でグッチョリ&トランポに積み込んだバイクを下ろす面倒くささから、そのまま宴会用の飲み物とツマミをコンビニで買い込んでチェックイン。コムさん曰く「これは早くチェックインして反省会を開かないと」と言うことですが、時間的にかなりたっぷりの“反省会”で、皆さんさっきまでの寒さはすっ飛んで真っ赤になっていい気分(^∀^)。夜には日中に間に合わなかったごきんさんも合流して、一層“反省会”が盛り上がります。

 二日目は四賀方面 
 

坂北の宿の駐車場にて
「ホテル戸倉温泉」

 さて、翌朝は8時にいっつあんがトランポを長野市内の自宅に置いてきて、XLR真鯛号で直接今日のT口宴会部長との待ち合わせ場所である坂北の道の駅に向かうべく、先にチェックアウト。ワテらは9時に出てトランポのまま上信越道を南下して麻績ICから坂北を目指します。ごきんさんのTDRは125ccゆえ高速に乗れないので、ワテのミニキャブトラックに積んで、二人で行くことになりましたが、ごきんさんも名古屋に単身赴任していたのが、また10年前と同様横浜に単身で移転することになるんだそうで、休みは楽しくなりそうです。
 意外と中野‐麻績間は距離がありましたが、予定通り10時にT口宴会部長と合流し、まずは一本目の蝶ヶ原林道に向かいます。
 まずは一つ山を越えて国道143号線の四賀村に出て、そこから更に保福寺林道に入りますが、ここは今や完全に舗装済。かなり長い峠越えになりますが、途中から美ヶ原方面に抜ける支線があって、これが蝶ヶ原林道になります。これも途中舗装区間があって、全体であまりダート区間は長くないのですが、ブラインドコーナーを抜けたとたんに仮設のバーを置いてあって、一瞬ヒヤリとさせられました。道自体は全く走行に問題ないレベルの土砂崩れで、四輪車でも通れる程度。かえって、ブラインドにあったあのバーの方が危険でしたね。
 見晴らしが多少良くなったところで他の一行と出会いましたが、今回はいつになく他のツーリング軍団に出会いますね。良い傾向です。

やっぱ「可」っすよねー(笑)
走ってみたら余裕で「可」でした。

ネタ写真を撮るいっつあん(それをネタに撮るワテ)
燃料コックもどこかで落とします。

 ところで、T口さんが「途中右側に烏帽子岩と言う奇妙な岩があって、そこに駐車スペースがあるから、そこで待ち合わせましょう」と言うことだったので、右にそんな岩のあるところを探しつつ走りましたが、一向に見えません。結局一度手前で休んだものの、最後まで突き抜けてしまう羽目になりました。後で分かったのですが、さっき他の連中が休んでいたところからずっと先を見るとかなり遠くに見えるようですが、道の脇にあると思い込んでいたワテには皆目見当が付きません。実際この道を往復したのですが、復路でじっくり確認すると、それなりに岩肌も広く見えて、登山道の標識も出ていので気を付けていれば分かりますが、往路では回りの木の先っぽみたいな感じに見えて、走っていてはとても分かりませんねぇ。

今はウィンカー付き
それにしても色んなところからギコギコと鳴ってます。

HT-1?
それともFT-1?

ベン…ベンベンベン…
若かりし頃は軽でシャコタン

ギャイーン〜ギャンギャンギャン…
ハスラー以上にウワバミなF田社長

シフトペダルのようなキックペダル
周囲のバイクに比べて静かなこと!

キック?んなもんないっすよ〜
二つ目っすからバッテリーはばっちり

 さて、蝶ヶ原林道を往復して、次に大洞林道を目指す予定でしたが、T口さんによるとどうやらそこに至る国道143号が工事のため通行止めになっているような表示があったらしく、ここをパスして一旦保福寺峠を戻って四賀村で昼食を取ることにします。その後、坂北に戻る途中にある、コムさんらが「仕入れ先」と呼ぶ古バイク屋に寄って何かオイシイものがないかチェックすることになりました。どうやらKM90のなかなかキレイなタンクがあったようです。ワテは宿に近いところに戻るならトランポに置きっ放しにして忘れていたウィンドブレーカーを取りに戻ります。F田社長のハスラーも燃料が怪しくなってきたため、補給しに国道403号に出てGSを探します。

烏帽子岩、どこじゃい!
やっぱ発射してスッキリして走ろうかな(笑。

あれこそ烏帽子岩〜!
ここからだと良く見えるねー!

 そんなこんなで時間を潰した後、例の「仕入先」に戻って再び国道143号方面に向かい、四阿屋(あずまや)林道を東側から入るべく舗装路をひた走ります。
 四阿屋林道も舗装化が進み、07年に走った時よりもダートは少なくなっていました。それなのに舗装区間もほとんど車が利用していないようで、砂利や落ち葉が結構アスファルトの上にかかっていて、とても走り辛いイヤな道です。ただ、支線は結構あって、時間があればそうした道もくまなく走ることでダートの距離はそれなりに稼げます。
 しかし、今回は舗装路を結構走ったせいか、既に時間的に怪しくなってきているので、出口近くの青柳城址公園で一服して宿に戻ることになりました。
 青柳城って言っても、妙な門のような物があるだけのまず誰も来ないようなところで、一応駐車場があるものの、寂れまくったところでしたね。でも、この公園のために林道の中間区間が舗装されているんですから、アホらしくて溜息が出ちゃいますね。
 保福寺峠を抜けて、国道403号に出たところで長野組のいっつあんとごきんさんは自走で市内に向けて帰宅。早速いっつあんは
動画&ツーレポをアップしてくれました。いっつあんの秘密兵器“GPSロガー”の威力は絶大ですね。どこをどんな感じで走ったか、ついついワテのオサーンな脳みそでは忘れがちになりますが、あれを見ていると「ああ、そうだったそうだった!」と思い出させてくれるんですよねー。

「ほら、分かるでしょ?」「分からんて!」
でも、あれを走りながら気付くのは無理っすよ…。

ん?写ってるの?
やっぱセルフだと写ったのかどうか分からんすねー。

「城」なのかなぁ〜?
「やあやあ、我こそは信濃の国の単身赴任の守、ごきんなるぞー!」

 ところで、結局この日も宿には早く到着して、宴会グッズを買い込んだ上でバイクを片付けても午後4時には「戸倉温泉」にチェックイン。少し軽い打ち上げの後、5時に「よーし温泉じゃー!」と思って浴場に向かうと、地元の人や風呂のみの観光団体が既に温泉を占拠。下駄箱にぎっしり靴が詰まっているのを見て、「はぁ〜…」と溜息をつきながら部屋にすごすごと引き返します。結局また“反省会”をたっぷりと楽しめました。どうやら泊り客そのものは少なく、外来の温泉客は夜9時まででしたので、10時頃に風呂場へ向かうとスカスカ。たっぷり温泉につかって一日の疲れと汚れを落とします。でもね、もちっと泊り客を大切にして欲しいところではありましたね。その他のサービスは行き届いていたんですが、芋洗い温泉だけはペケ。
 翌日は、渋滞を避けてコムさん兄弟とF田社長&F見さんらの藤沢組はチェックアウト後に例のKM90のタンクを値切って購入して帰宅。一つ目さんも一緒に高速で帰宅しますが、ワテは佐久の総合病院に入院中のひろさんを見舞いに国道143号の峠道を使って上田方面に向かい、途中から望月経由でのらりくらりと下道を進みます。途中、昨日通行止め情報で泣く泣く外した大洞林道へ向かうところまで走っていても、全く道は問題なかったのですが、結局のところ国道143号は路肩工事のために「大型車通行禁止」だっただけで、バイクどころか普通車にとってもなーんも問題なかった訳でした。これを知っていささかガッカリしましたが、周辺の景色はいかにも山と言う感じできれいなところです。

海老反って「わ〜っはっは!」
箸が転がっても笑うオサーン達

荷物はさっさか積み込みます
さてさて「仕入先」でタンクを値切ろうか〜!

 佐久に到着したのは正午頃。最近は色々な村や町が統合されて訳が分からなくなってますが、未だに80年代のツーリングマップルをしつこく使っているワテには「佐久」がいっぱいあって訳分からん状態になりますね。ちなみに、目指す総合病院も2つあって、てっきり「佐久市立浅間総合病院」と言う大きくてきれいな建物がそれかと思いきや、「佐久総合病院」は別にあって、旧臼田町にあったものを指すんだそうで、またおつむが混乱しそうになります(笑。でも、丁寧に道順を教えてくれて、1時前にはしっかりひろさんに出会えました。
 ひろさんはまだ起きれない状態ではあるものの、腰上は元気なひろさんの笑顔を見て安心しました。何しろお盆休み中に居眠り車に正面から突っ込まれて、RZに乗っていたひろさんは椎間板と大腿骨の骨折ですから、かなり長引いちゃってます。ひろさんからすれば大変な目にあった訳ですが、事故そのものは一方的に相手が悪いので、その後の処理には問題はないようです。下手をすると命さえなかった訳ですから、その点では不幸中の幸いですね。
 何はともあれ、一日も早く復活されて、来年の秋ツーにはまたみんなでのんびりトコトコと紅葉を楽しみながら、DT-1Fで走るひろさんのカッチョイイ姿を拝ませて頂きたいっす。

ある意味今回一番長いダート
槇沢林道は途中もの凄いヤブになるものの、問題なし。茂来はいいねー!

 さて、午後3時頃にひろさんと別れ、国道141号を南下しているうち、「うーむ、今回はどうにもダートをたっぷりとは堪能できなかったなぁ〜。あっ、ここって川久保交差点じゃん。と言うことはあれが茂来山だなー」となって、ハンドルは自然に左折。結局はバイクを積んだままMyハニー号に鞭打って、茂来林道を手前の槇沢林道から本線にかけて全線走破しました。まだ明るいうちでしたが、ここでは他に通り過ぎるバイクは皆無で、何かもの寂しい感じがしました。
 その後で須玉まで国道141号を南下して中央道で帰りましたが、当然談合坂の手前から相模湖で下りるまでずっと渋滞。でも厚木‐横浜町田間で別料金になる東名と違って、しっかり1000円で帰れました。しかし、年内にもう一度は林道を走りたいものです。

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